人間が歴史の中で最もうまくなっている事の一つがいいわけだ。
人間は自分の不都合なことがあると、まさかや偶然という言葉に頼ろうとする悪い癖がある。今日だけで“まさか“で、何回物事を片づけようとした。状況やタイミング、天気や運勢、様々ないいわけを引っ張り出しては自分を慰める。こんなはずではなかった。もう一度やり直せればと。やり直せれば本当にうまくいくのだろうか!?
一度目で出来なかった事が、二度目で出来る自信はどっから来るのだろうか?
勝手に駄目だと決めつけてチャレンジもせずにあきらめる。ぶつかりもせずに自らの手で奇跡の扉を閉じていては、幸せなど舞い込むわけがない。奇跡の扉を開ける鍵は誰の手にも握られている。ただ、それに気づく人は、ほんのわずかしかいない。運命を変えるほどの大きな奇跡はそうそう訪れない。変えたいと思う小さな一歩を重ねる事で、いつの日か奇跡の扉は開く。幸せはどこに転がっているかわからない。もしかしたら、思いがけない幸運は思っている以上に身の回りで起こっているのかもしれない。
その予期せぬ幸運をつかむには、一つだけ条件がある。どんなに不運を嘆いても、まったく気分が乗らなくてもかまわない。とにかくその場に参加すること。これこそが幸せの扉を開ける第一歩である。かといって、起死回生の逆転ホームランは誰にだって打てるわけじゃない。当たり前の話だがホームランを打てるだけの実力がなければいけない。
それと、もう一つ重要な事がある。それは逆転の場面で打席に立っているかどうかだ。どうしても運命を変えたい。そう願い続ける事でしか奇跡の扉は開かないようにできている。奇跡の扉を開ける鍵は、人の心の中にしかないんだよ。諦めている人は、それに気づいてないだけだ。
かの有名なエイブラハム・リンカーはこう言っている。「あなたが転んでしまったことに関心はない。そこから立ち上がることに関心があるのだ」と。失敗にめげず再び立ち上がるのか、教訓を得て別の道を目指すのか、それとも自分の不幸を嘆き続けるのか。
『プロポーズ大作戦』